伝心社マイ・ブログ3
新型コロナ禍のリーダーのあり方
2021.6.6
 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。
 昨年春にもこの問題をとりあげた。その時は「1年もすればワクチン接種が終わり、収束の見込みも立っているのでは…」などと考えていた。だが、広島県福山市では、2021年の6月5日現在でも、ようやく高齢者へのワクチン接種が始まったにすぎない。
 日本という国は、先進国のひとつで、そこそこの経済力、危機管理力もあって、すぐれた医療技術と人材を持ち、病院の受け入れ態勢も整い、感染症対策の水準も高いだろう、と勝手に思い込んでいた。しかし、この1年間の政治家、医療関係者たちの発言や行動、対策の遅れを見ていると、期待外れの感は否めない。いつの間にか他の先進国と大きな差が出来てしまったようだ。
 国民に向けてマスクや10万円の給付金を配ることより、とにかくワクチン接種をはじめとした根本的な対策を望む声が多いはずなのに、遅々として進まない。
 私は医学の専門家でもなければ、行政に詳しいわけでもない。普通の国民として今回のパンデミックを見ているにすぎないが、このような緊急事態に際して、国や自治体から住民への呼びかけである、「広報」としてのメッセージが少なく、たとえあっても弱々しく感じられる。そういえば、最近の内閣支持率は「不支持」が「支持」を上回り、菅内閣発足以来、最低となった、と報じられていた。そのせいか、たまにテレビ画面に登場する菅総理の表情はさえず、だいぶお疲れのように見える。もともと「押し出しがいい」とは言い難い人物だけに、この人は風貌でもだいぶ損をしている。
 しかし、最近のリーダーを見ていると、責任は取らない、すぐ開き直る、最後には黙り込んでしまう、という人物が目立つ。このパンデミックは、リーダーたちの情報発信力や危機管理能力が試される機会でもあるようだ。 
 
奇妙な国、中国
2020.9.23
 9月に入り、春から続いたコロナウイルス騒動も少しは落ち着いてきたように見える。秋のお彼岸の4連休は遠出した人たちで、あちこちの観光地も久しぶりに賑わいを見せていた。ふたたび感染者の増加という状態にならなければいいのだが…。
 今回のコロナウイルス騒動で、はっきりわかったことがある。それは、海外からの旅行者がなければ、わが国の宿泊・観光業、小売業などは大きなダメージを受け、海外の工業製品の生産や輸入がストップすれば、日常生活にも影響するということである。
 安い材料費や人件費をあてにして中国などへ生産拠点を移すことは、収益や採算性を追求する企業活動において自然な流れであるかもしれないが、ひとつ歯車が狂うと、たちまち支障をきたすのである。工業製品だけではない。食品でも中国産がシエアを占めているものが多い。これらが輸入されなくなると、現在でも高価な国産食品がますます高くなるだろう。
 もはや好むと好まざるとにかかわらず、中国をはじめとした近隣諸国と友好的な関係を保たなければ、この国は存続できない。
 それにしても、中国というのは奇妙な国である。長い歴史のなかで、漢字をつくり、孔子、孟子のような思想家、李白、杜甫のような詩人を輩出してきた。「故宮博物院」に収蔵されている精緻な美術品を見ると、中国人の美意識、制作技術、徹底したこだわりには感心するばかりである。
 ところが、その末裔たちは、安っぽいコピー商品や著作権を無視したキャラクターグッズなどを平気でつくって、金儲けに目の色を変えている…ように見える。共産主義、社会主義の理念をかかげながら、資本主義にどっぷりつかった国家体制のひずみが、独創性や精神性以上に金銭を尊ぶ風潮をうながしている、とは言い過ぎだろうか。早く、この騒動が終息することを願うばかりである。
「パンドラの箱」はもう開いている?
2020.7.6
 コロナウイルス騒動がいくぶん収まってきたと思っていたら、また感染者が増加傾向にある。最近は人の集まる場所ならどこでも、入口で手指を消毒し、マスクの着用が当然のようになってきた。スーパーのレジ、銀行や役所の窓口、図書館のカウンターにいたるまで、いずこも透明のビニールシートやアクリル板で遮断してある。以前なら異様な光景だが、それが当たり前のようになってきている。
 今後、20年、30年が経過して、ニュースの資料映像にマスク着用の通行人が多かったり、透明のビニールシートごしに会話している姿が現れて、「これを撮影したのは、あの時か」とすぐにわかる、そんなことになるかもしれない。
 ワクチンや特効薬の開発、運用が急がれるが、昨今の温暖化でシベリアの凍土に封じ込められていたウイルスが目覚めたり、熱帯雨林の開発が新種の感染症を蔓延させることになる、という予測もされているらしい。
 ギリシャ神話では、パンドラという女性が、好奇心にかられて開けた箱の中からこの世のすべての悪と災いが拡散した…ということになっている。産業革命、原子力の応用、そしてAI技術の躍進、と時代が進むにつれて、人類は知らず知らずのうちに「パンドラの箱」を開けてしまったのかもしれない。
 
「押し紙」の違法性が認められる
2020.5.20
 2020年5月15日の「ヤフーニュース」の見出しを見て驚いた。
そこには、こう書かれていた。「佐賀新聞の『押し紙』を認定。元販売店主が勝訴、賠償金1070万円 佐賀地裁判決」。
 つまり佐賀地裁が佐賀新聞の「押し紙」の違法性を認めた、というのだ。このような判決が出た例は、これまで私の知る限りなかっただけに、画期的なことだと思った。ちなみに「押し紙」とは、新聞社が発行部数を水増しするため、販売店に注文以上の部数を押しつけたり、注文させたりする行為のことである。独占禁止法で禁じられているうえ、部数水増しは広告主に対する詐欺行為にあたるとして問題視されてきたのである。
 日頃、政治家や企業の不正を追及する、正義の味方のような顔をしている新聞社が、一方ではこのようなことをしているのである。ちなみに、「押し紙」や「新聞販売店・押し紙」のキーワードでネット検索してみると、それを裏付ける記事や意見が多数見られる。私も2年前にこのブログで「押し紙」について書いているので、それを見ていただきたい。→新聞折り込みチラシのウソみたいなホントの話
 佐賀新聞社は控訴するだろうから、今後の動きを注視したい。また、この裁判のことをあえて無視している各メディアも取り上げていただきたい、と思うのは私だけだろうか。
 
タレント政治家の正体
2020.4.15
 今回のコロナウイルス騒動で、全国各地の知事や市長がニュースに登場する機会が増えた。なかでも、千葉県の森田知事を見て驚いた人は多かったと思う。
 私もその一人だが、あの青春ドラマのヒーローだった「森田健作」はどうしてあんなに覇気や存在感のない、つまらないおじさんになってしまったのか。こんな時にこそ県民の先頭に立ってリードすべきなのに、担当者の用意したペーパーをただ読み上げているだけのような気がしてならない。高額な俸給をもらいながら、大した仕事もせずにぬくぬくと生きているとあのような風体になってしまうのだろうか。昨年夏の台風襲来時の対応のまずさもまだ記憶に新しいところだ。
 彼が全盛期にドラマの中で見せていた颯爽とした姿は、あくまでも虚像だったのだ。千葉県民は、このタレント政治家の正体にもっと早く気づくべきだった。
 そこへいくと、北海道の鈴木知事や大阪府の吉村知事は好感が持てる。政治家をひとつの職業としか考えてない人物とそうでない人物の違いが現れているような気がするのは、私だけだろうか。
 
暖冬を喜んでばかりはいられない
2020.1.24
 例年にない暖冬ということで、福山でも暖かい日が続いている。しのぎやすいうえに、冬野菜の価格も下がり、喜んでいる人がいる一方で、スキーやスケート客を相手に商売している人たちは客が来なくて困っているそうだ。
 先日も雨ごいならぬ雪ごいをしているスキー場があると新聞で報じていた。自然がいつも人間に都合のいいように変化してくれればいいが、昨今の異常気象を見ていると、台風や集中豪雨はこれからも繰り返し私たちを苦しめるに違いない。
 海外の大国の政治家が、目先の選挙の票集めのために、温暖化防止に積極的に取り組んでこなかったツケが出てきているような気がする。選挙によって為政者を決めるのが、民主主義の原則なのだが、投票する多くの民衆の判断が常に正しいとは限らない。時として、目先の利益や快適さを求め過ぎるがゆえに、後世に禍根を残すようなことも起こるだろう。
 そんなとき、後世のために現在のあるべき姿を提示し、リードしていくのが本来の政治家のあり方…ということなのだが、それには選挙民にもそれなりの見識が求められる。責任は政治家だけのものではないような気がする。
 話は大きく変わるが、岡山県笠岡市の干拓地の菜の花も、1月20日でご覧のように咲き始めていた。
一面の菜の花 近寄ると少し花の匂いがする
蜜バチは蜜を集めるのに忙しい 背後には広大な干拓地が広がる
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